黒しばわんこの戦跡ガイド

2.26事件の舞台「九段会館」

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✅帝国在郷軍人会

東京都千代田区の九段下駅近くにある「九段会館」。2011年の東日本大震災の際の天井崩落の影響を受けて、現在は立ち入り禁止となっています。営業していた頃は結婚式場やホール、飲食・宿泊施設などがありました。

九段会館の歴史は昭和9年から始まります。まず九段会館は昭和9年、’’帝国在郷軍人会’’という会の為に建設されました。在郷軍人というのは予備役や後備兵役などの現役を退いた軍人経験者のことです。全国へ散らばった在郷軍人や各地に造られた在郷軍人の会を束ねる目的で作られたのが’’帝国在郷軍人会’’です。
会の目的は何か?というと、国民に広く軍事知識を広げて国家観を根付かせることでした。例えば旧制中学などで行われる軍事教練の教官は、会の会員だったそうですし、神社にある忠魂碑の建立を取りまとめたりといったこともしたそうです。

そんな会のために造られた九段会館は、当時は’’軍人会館’’と呼ばれており、徒歩5分ほどで靖国神社、皇居も徒歩圏内という立地は在郷軍人会にとってもピッタリだったのかもしれません。



✅兵ニ告グ

「九段会館」こと’’軍人会館’’が強く表舞台に登場したのは、1936年2月26日に発生した2.26事件の時です。
2.26事件は陸軍内部の皇道派の影響を受けた青年将校らが起こしたクーデター未遂の事件です。事件の原因としては陸軍内部の皇道派と統制派の派閥争いというのがよく聞かれます。
当時の陸軍内では「天皇の傍で政治を行っている人たちが、天皇の名の下に都合のいいように政治を行っているからではないか?」という考えがありました。これだけではないと思いますが、大げさに言うと’’日本が良くならないのは政治家に問題がある’’という意見が皇道派・統制派関わらず陸軍にはありました。そこから先で皇道派と統制派に分かれてきます。

「武力を使って都合の悪い政治家を消してでも天皇を中心とした政治を作ろう!」、「昭和維新」を合言葉に活動する比較的若手が多い血気盛んな派閥が皇道派。
「武力は使わないで合法的に政治に圧力をかけてコントロールしていこう!」という陸大卒なども多い穏便な派閥が統制派です。

2.26事件を起こしたのは皇道派の青年士官らで、約1500人の下士官達を引き連れて「天皇を利用している敵」と見なした政治家の自宅や警視庁、新聞社を襲撃しました。高橋是清大蔵大臣をはじめとして死傷者が出たため、適切な内閣の運営が出来なくなり、国内の乱れへの懸念から天皇は戒厳令を出しました。戒厳令は異常事態などに天皇により出されるもので、一時的ですが軍の力を強めて異常事態を収めるためのものです。その後、3日かけて皇道派は取り押さえられました。

話は逸れましたが、この戒厳令が出されてから’’戒厳司令部’’が結成され本部が置かれたのが軍人会館(現九段会館)です。戒厳司令部によって関東近辺に向けたローカル放送がされたり、飛行機からビラ(以下内容を記述)を撒いて事態の収束を図りました。

下士官兵ニ吿グ
一、今カラデモ遲クナイカラ原隊ヘ歸レ
二、抵抗スル者ハ全部逆賊デアルカラ射殺スル
三、オ前達ノ父母兄弟ハ國賊トナルノデ皆泣イテオルゾ
二月二十九日   戒嚴司令部

簡単に和訳すると、

下士官兵に吿ぐ
1.今からでも遅くないから、所属の部隊に戻れ
2.抵抗するものは反逆者として撃つ
3.お前の親類縁者も、国家に害ある者と見られて泣いているぞ
二月二十九日   戒嚴司令部



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ポチ太郎

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