黒しばわんこのおさんぽガイド

特攻の地「知覧特攻平和会館」

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ポチ太郎
今日のお散歩スポットは知覧特攻平和会館だべ

ハチ公
アクセス方法が車やバスなので注意です!

1941年12月8日、第二次世界大戦はハワイのオアフ島の真珠湾攻撃への攻撃から始まりました。
今回の陸軍大刀洗飛行学校知覧分教場(後の知覧特攻平和会館)も同時期の1941年12月に設置されました。
42年1月には陸軍少年飛行兵の78人(17歳~18歳)が操縦を習熟するために配属され、2月には九五式練習機(通称赤トンボ)の初飛行もされます。

戦局はというと、日本は短期間でオーストラリア北側の東南アジアに侵攻していきましたが、アメリカを中心とした連合軍は徐々に形勢を逆転していきます。日本軍はこの反撃に押され防戦に転じることになります。
開戦してから約3年後の1945年初めには日本本土や沖縄に空襲がされるようになります。
また、ドイツが降伏してからは攻撃が日本に集中するようになり、日本はさらに苦境にたちます。

その頃、1945年には第六航空軍団司令部が知覧に設置され、世界で類を見ない「特攻」部隊が組織されていきます。

✅一式戦闘機「隼」

映画「俺は、君のためにこそ死ににいく」で復元された陸軍戦闘機

沖縄が占領されてしまうと沖縄を足場にして更に空襲が激しく行われてしまうため、日本としては沖縄を取られる訳にはいきませんでした。
しかし、その時点で物量の差は歴然としており、貴重な資源を使い成果を出すために考えられたのが「特攻作戦」でした。

✅特攻勇士の像

九州は鹿児島、薩摩半島の内陸にある知覧は本土最南端ということもあり特攻の拠点となり、九州各地から飛び立った航空兵が知覧を経由して各地へ飛び立ちました。
その総数は1000人弱と言われています。

現在、旧陸軍知覧基地跡には知覧特攻平和会館が作られており、特攻隊員の写真・遺書・遺影などが約4000点展示されています。
戦争の中を生きる若者たちの心情や家族への思い・無念さを手紙から垣間見る事ができ、なんとも言えない気持ちになります。

また、陸軍飛行隊第一〇三戦隊の新鋭戦闘機『疾風』が展示されています。疾風は基本的には基地周辺の防空や特攻機の護衛に使用されましたが、一部の機体は特攻に使用され、この機体は世界で唯一、原型を留めた状態で保存されている貴重な機体です。
他にも陸軍三式戦闘機「飛燕」や、海中から引き揚げられた「ゼロ戦」があります。

✅復元された三角兵舎

特攻平和会館の隣に復元された三角兵舎があります。実際に三角兵舎があった場所には現在は石碑が建てられています。

知覧特攻平和会館の情報

0993832525
9:00~17:00
個人:大人500円・小児300円(2018年10月16日時点)

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ポチ太郎

ポチ太郎

外出大好きなアラサー男です。
趣味で楽器とかサバゲー、運転して仕事のストレス解消!