黒しばわんこの戦跡ガイド

宜野湾市の嘉数高台公園に残る「陣地壕」

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名称 陣地壕(嘉数高台公園)
住所 〒901-2226
沖縄県宜野湾市嘉数1丁目5
解説 公園内丘の中腹にある陣地壕跡。現在は柵で中に入ることはできない。 難度
A (行きやすい)

ポチ太郎
今日は嘉数高台公園内にある「陣地壕」だべ

ハチ公
現在は中には入れなくなっていますね!

現在の嘉数高台公園の辺りは、沖縄戦では激戦になった場所でした。
嘉数高地と呼ばれたこの場所には陣地壕やトーチカの跡、展示物として弾痕の残っている壁が公園内にあります。


陣地壕は、嘉数高台公園の南斜面に現存しており、展望台に向かう階段の途中にあります。
現在、壕入り口は柵がしてあるため入ることはできませんが、入口は緩やかな下り坂となっていることが確認できます。
陣地壕やトーチカの構築年などは不明ですが、1944年8月21日頃からは第62師団独立歩兵第22大隊が嘉数・西原方面の防衛担当として配備されています。
その後、12月8日には独立歩兵第13大隊が嘉数集落に宿泊しながら赴任しています。
これらの部隊が嘉数区長を通じて住民を動員し壕が作られたと考えられます。

陣地壕

嘉数に駐屯した日本軍は、嘉数高地を中心とした周辺地域にいくつもの陣地壕を築きました。
陣地壕の構築は、1944(昭和19)年の夏ごろから開始されたようで、朝から夕方までの作業が毎日続けられました。兵士だけでなく、嘉数や周辺地域からも、老人や女性を含む多くの人々がかりだされました。
陣地壕は、石灰岩をくりぬいてコの字型に構築され、側壁には落盤防止用の坑木の跡もあります。嘉数高地には日本軍の主陣地が置かれたために、このような陣地壕が無数に構築されました。

宜野湾市
Jinchi-go(Underground bunkers)

The japanese Forces were stationed in Kakazu and built up underground bunkers around the Kakazu Ridge and the neighboring region.
the construction of the bunkers seems to have started from the summer of 1944.Not only soldiers but also Kakazu inhabitants and many other people from the neighboring region,including elderly men and women,were pulled into the construction,which continued daily from morning to evening.
The bunkers were dug out of limestone and square shaped (コ-shaped).there are many impressions from pit sprops used too shoreup the sidewalls to prevent cave-ins.These underground bunkers especially innumerabele as the headquarters of the japanese Forces wereon kakazu Ridge.

Ginowan city

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ポチ太郎

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戦跡と旅行と黒柴が好きな管理人です。
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