黒しばわんこの戦跡ガイド

那覇市田原の「カテーラムイ(寿山)旧海軍壕」

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名称 カテーラムイ旧海軍壕,寿山旧海軍壕
住所 〒901-0156
沖縄県那覇市田原3丁目2−2
解説 数多く掘られた陣地壕のひとつで総長350mにもなるが、米軍の猛攻により数日で陥落した。内部には1000人ほどの将兵と一般人が避難していた。田原公園では4つの壕口が確認できる。 難度
A (行きやすい)

ポチ太郎
今日は沖縄県那覇市田原にある「カテーラムイ(寿山)旧海軍壕」だべ

ハチ公
現在は整備されて田原公園になっていますね!!

沖縄都市モノレールの小禄駅からほど近くに田原公園があります。
規模の大きめな公園なので多くの親子が遊具で遊んでいますが、そんな和気あいあいとした場所には不釣り合いな鉄格子があります。
その鉄格子の先にあるのがカテーラムイ旧海軍壕です。
「カテーラムイ」というのは、元々この場所に「カテーラ森」という森がありました。方言で森をムイと読むことからカテーラムイとなったのではと思います。
そして「寿山」というのは日本軍が上空からカテーラ森を見た際、「寿」という文字に見えたことからと言われています。
現在の田原公園内で確認できる壕口は4つです。

カテーラムイ(寿山)旧海軍壕

海軍航空隊巌部隊の本部陣地壕。日本軍は、この地を寿山と称した。小禄飛行場防衛のため、小禄・豊見城一帯では、海軍少将太田実司令官の指揮下に連合陸戦部隊が編成され、多くの陣地壕が掘られた。その一つが本壕で1944年8月から12月にかけて住民も動員して突貫工事で完成した。
総延長は約350mで、その中に指令室・兵員室・暗号室などが設けられた。
1945年6月4日、米軍は飛行場のある字鏡水に上陸、戦闘が始まった。
6月7日、米軍はここカテーラムイ一帯に激しい攻撃を加え、数日で制圧した。壕内には最大1000人余の将兵・住民がいた。南部への撤退、避難民、戦死者数ともに不明であるが、8月段階でも約50人が壕内に留まっていたという。

ハチ公
巌部隊は「南西諸島海軍航空隊」の愛称で、「小禄飛行場」は現在の那覇空港のことです!!


ポチ太郎
この場所から車で10分ほどの場所に海軍司令部壕があり、そこで太田中将や部下の将校は自決しているんだべ

✅壕口①

現在確認できる壕口の中では最も大きいと思われる壕口です。
当時の物か分かりませんが送電用ケーブルも残っていました。
南風原の病院壕のような燭台置きにしては大きすぎる棚も採掘してあります。
武器を置いていた棚なのではと推測。

✅壕口②

高台に上がる途中にある壕口です。
腰から胸くらいの高さしかなかった、4つの中では最も小さい壕口です。
一つ目の壕口とすぐに合流する造りのようです。

✅壕口③

遊具や広場の横にある壕口。
屈まないと進めないくらいの高さしかありません。

✅壕口④

3番目の壕口の隣にある壕口です。
朽ちて読めなくなった巌航空隊の壕であることを示すであろう木柱が立てかけてありました。

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ポチ太郎

ポチ太郎

戦跡と旅行と黒柴が好きな管理人です。
2020年4月から月・水・金の更新を目指します。 [詳細]