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西原町中央公民館にある「九六式十五糎榴弾砲」

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ポチ太郎
西原町の中央公民館には陣地壕から見つかった九六式十五糎榴弾砲が野外展示されておるよ。他の場所だと靖国神社にある遊就館にあるべさ

ハチ公
国外なら中国やイギリスにもあるみたいですね!


西原町中央公民館の裏手に九六式十五糎榴弾砲が展示されています。
陣地壕群の跡地から発見された物ですが、比較的原型をとどめた状態となっています。

当時の西原町があまり取り上げられることはありませんが日本軍により小那覇飛行場が建設されており、その建設には地域住民が動員されたり、周辺の製糖工場のトロッコやレールが徴用されました。

しかし、この飛行場があったためか10・10空襲でも西原町周辺は小那覇飛行場はもちろん、製糖工場や集落にも甚大な被害がありました。地上戦が始まってからは現在の沖縄カントリークラブ近くにある運玉森(方言でウンタマモー・ウンタマムイ)では激戦が展開され、戦後になっても不発弾の自然発火により山火事も発生しています。

✅全景

’’榴弾砲’’は、主に弾頭に炸薬の詰まっている’’榴弾’’と呼ぶ砲弾を発射する大型の大砲です。山なりに玉を発射する曲射砲という種類に属していて、発射された’’榴弾’’は弧を描いて着弾して炸薬が爆発、砲弾の破片が周囲に飛び散ることによって着弾場所の周囲の人や物にダメージを与えます。

✅移動用車輪と揺架

✅開脚式砲架

九六式十五糎榴弾砲
(きゅうろくしきじゅうごせんちりゅうだんほう)

この榴弾砲は、去る太平洋戦争の沖縄戦において、日本軍が使用した大砲で、平成16年12月、西原町幸地集落南西部の陣地壕跡から発見された。西原町は、この榴弾砲が原型を留めないほどにすさまじい日・米両軍の戦闘がくりひろげられた激戦地で、当時の住民の約47%の尊い命が犠牲になった。破壊された榴弾砲をこの地に展示することにより、戦争の悲惨さ、愚かさを認識するとともに戦争のもたらす恐ろしさ、悲しさを語り継いでいく手がかりとしてほしい。二度とあの忌まわしい戦争をおこしてはならないという誓いと、平和の尊さを実感し、更には平和教育の資料として役立つことを願い、終戦60年の節目にあたりこの榴弾砲を展示する。

平成17年8月15日 西原町

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ポチ太郎

ポチ太郎

外出大好きなアラサー男です。
趣味で楽器とかサバゲー、運転して仕事のストレス解消!