沖縄陸軍病院糸洲第二外科壕
「糸洲の壕(ウッカーガマ)」とは国道331号線を挟んで反対側、道路の脇にひっそりと口を開けているのが「糸洲第二外科壕」です。糸洲の壕(ウッカーガマ)は案内看板が立っているのに対し、糸洲第二外科壕に関しては目立った案内はありません。
この壕には現:南風原にあった沖縄陸軍病院の第二外科壕に勤務していた人や「ひめゆり学徒隊」が避難していた壕です。
1945年6月半ば、壕が敵軍の馬乗り攻撃(壕入口から爆弾を投げ込まれたり、ガソリンを流しいれて火をつける等の攻撃)に遭っています。
攻撃を受けた日の夜、ひめゆり学徒隊の生存者が教員に促されて壕を脱出、やや東にある「伊原第一壕」に向かいますが、到着して間もなく学徒解散命令を伝えられます。
軍の管理下になくなった女子学生達は弾雨が飛び交う原野を彷徨うことになりました。