黒しばわんこの戦跡ガイド

渡嘉敷神社の鳥居に残る弾痕

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名称 渡嘉敷神社の鳥居
住所 〒901-3501
沖縄県島尻郡渡嘉敷村渡嘉敷40
解説 渡嘉敷集落の奥にある神社。
昭和12年(1937年)に建てられた鳥居には沖縄戦による弾痕が残っている。
難度
A



ポチ太郎
今日は沖縄県渡嘉敷村渡嘉敷にある「渡嘉敷神社」だべ

ハチ公
渡嘉敷村初進出であります!

沖縄県那覇市の泊港(とまりん)から渡れる離島に「渡嘉敷島」があります。
渡嘉敷島は慶良間諸島国立公園の中の一つの島で、周囲は約25㎞となる慶良間諸島の中では大きな島です。
島内の集落は渡嘉敷・渡嘉志久・阿波連の三つの集落から構成されますが、全て小さな集落であるので島内の殆どは手付かずの自然です。
離島ならではの綺麗な海はダイビングやシュノーケリングのポイントも多く、その美しさは国内のみならず海外でも東洋ではトップレベルといわれているそうです。

戦争期まで遡ると慶良間諸島は沖縄戦において、米軍が最初に上陸した島々で阿嘉島が最初とされているようです。
艦砲射撃などをしてから米軍は上陸、慶良間諸島の大部分は米軍の手に落ちました。

渡嘉敷島では住民らは島内の山奥に避難しますが、当時のプロパガンダから「捕虜になると凌辱されたり、惨い仕打ちをされる」という噂がありました。
その結果、渡嘉敷島の北山(にし山)において集団自決があったとされています。

ハチ公
「北山」と書くのに「にし山」と読むのです!

✅渡嘉敷神社

そんな渡嘉敷島の中に「渡嘉敷神社」という神社があります。
渡嘉敷集落の中にあり、渡嘉敷港からはもっとも奥の方にありますが、徒歩でも10分くらいで到着してしまいます。

この渡嘉敷神社の鳥居は昭和12年(1937年)に建てられたため、鳥居を見てみると弾痕が多数残っています。

✅昭和12年1月27日竣工

✅弾痕

渡嘉敷神社の背後は山であるため、南東から南側から受けたであろう弾痕が殆どです。
北や西側の面は弾痕はほぼありません。

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ポチ太郎

ポチ太郎

戦跡と旅行と黒柴が好きな管理人です。
2020年4月から月・水・金の更新を目指します。 [詳細]