黒しばわんこの戦跡ガイド

糸満市字真栄平にある「アバタガマ」

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名称 アバタガマ
住所 〒901-0331
沖縄県糸満市字字真栄平872
解説 真栄平住民が避難していたが後から沖縄守備軍が使用した。傍らに南北の塔が建立している。 難度
A (行きやすい)



ポチ太郎
今日は糸満市にある「南北の塔」「アバタガマ」だべ

ハチ公
激戦地だった糸満市の真栄平にあります!

周囲に畑が広がった真栄平地区の小高い丘にあるのが’’南北の塔’’と’’アバタガマ’’です。
沖縄戦の際に、真栄平地区周辺で亡くなられた方々の遺骨が納められているのが南北の塔です。
南北之塔から更に奥に進むとあるのが避難壕だった’’アバタガマ’’です。
入り口から中を見てみると、現在では土砂が流れ込んでいるのもあり、約10mぐらいとあまり奥行はなさそうに見えます。

元々は拝所だった場所のようです。

✅アバタガマ

アバタガマ

-Abata Cave-

このガマは自然洞穴で、1945(昭和20)年3月下旬に沖縄戦が始まると、数百人の真栄平区民はここに避難しました。4月頃には、真栄平の集落は焼夷弾の攻撃を受けて大部分が焼き払われてしまいまし。5月末頃、「ここは戦場になるから安全な所に行きなさい」「ここは首里から来る兵隊が入るから」と日本軍によって区民は、アバタガマから鉄の暴風といわれた弾雨の中へ追い出されてしまいました。真栄平周辺の避難壕の多くは日本軍によって占拠されており、追い出された区民は小さな屋敷壕や墓、暗渠などに隠れました。真栄平が米軍に包囲される中で、日本兵による避難壕からの区民追い出しが続発し、応じない区民を手榴弾や軍刀で殺傷するという虐殺事件が起こりました。終戦直後の真栄平は屋敷内や道路、田畑、山野に多数の遺骨が散在していました。これらの身元不明の遺骨を区民が回収し、アバタガマに納めました。人々はここを真栄平納骨堂と呼び、収骨された遺骨は数千柱に及んだといいます。1966(昭和41)年には、南北之塔が真栄平区民によって建立されました。

アバタガマ設置看板より引用

✅アバタガマ

✅ガマ内部

✅南北の塔

✅捜索24連隊慰霊之碑

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ポチ太郎

ポチ太郎

戦跡と旅行と黒柴が好きな管理人です。
2020年4月から月・水・金の更新を目指します。 [詳細]