今日のブラつきスポットは八重瀬町のクラシンウジョウだべ

ポチ太郎

ハチ公
沖縄本島の南、八重瀬町ですね!具志頭(ぐしちゃん)城跡の直下にあります!現在立ち入るには申し込みが必要です!
沖縄本島の南、八重瀬町具志頭にあるのが「クラシンウジョウ壕」です。
具志頭城跡の下にあり、ぐしちゃん浜へ続く道路の途中にあります。
クラシンウジョウ壕へ続く階段は何もない道の途中にあり、階段の横にも案内があります。
現在では町の管理となっているため許可がいる他、入壕するのが有料になっているようです。

階段を登っていくといくつかの拝所があり、さらに進むと両壁が岩盤に挟まれた道に続きます。足元は未整備なので歩きやすいスニーカー推奨です。

ポチ太郎
✅琉球石灰岩の谷

さらに進んでいくと、両壁のところどころに穴があいています。これらが壕入り口かと思われます。私は基本的に未整備の壕は入らないので入り口のみチェックします。

ポチ太郎
✅壕入口

この壕は自然壕で、その全長は150m程といわれています。もちろん太陽光は届かないので中はよく見えません。

ポチ太郎
✅壕入口

辛うじて壕内が少し見えます。

ポチ太郎
✅銃眼

海側の壁の壕を覗くと銃眼らしきものがあります。敵兵の海からの上陸に備えていたのでしょうか。この穴からはぐしちゃん浜が見えます。

ポチ太郎
もともと「クラシンウジョウ壕」は琉球の王様だった尚巴志の三男である具志頭王子のお墓であるとされ、お墓は壕内にあるといわれています。
「クラシンウジョウ」とは’’暗御門’’とも表し、浦添ようどれにも同名の場所があります。
浦添ようどれのクラシンウジョウは、沖縄戦の際に天井の岩が崩落してしまったため、現在では以前の形を留めていません。
もともとのクラシンウジョウは中に入るととても静かで肌寒い雰囲気から、あの世に続いているとされていました。
浦添ようどれのクラシンウジョウと比べると、こちらは壕に入らなければそんな雰囲気はありませんが壕に入れば同様の雰囲気が味わえるのでしょうか。
沖縄戦においては、1945年1月頃から第24師団(山部隊)が駐屯していたようです。
もともと港川への上陸攻撃へ対抗するために駐屯していましたが実際は港川からの上陸はなく、首里司令部での戦闘が始まると駐屯していた山部隊は首里へ移動していきました。
その後、戦局の悪化と共に司令部が南部撤退してくると高射砲部隊がこの地に訪れます。
しかし、この高射砲部隊も1945年6月初頭には米軍に切り込み攻撃を行いました。