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広島市中区に残る被爆建物「千田車庫」

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広島電鉄の千田車庫

名称 千田車庫
住所 〒730-0053
広島県広島市中区東千田町2丁目9−29
解説 広島電鉄株式会社本社ビルに併設された、広電最古の車庫。
車庫内には変電所と旧資材倉庫があり、1945年の原爆投下時には爆心地から1.9㎞の位置で被爆するが倒壊には至らなかった。
現在でも変電所は現役、資材倉庫は事務所として使用されている。
難度
A

今回は広島県広島市中区に残る「千田車庫」だべ

ポチ太郎
ポチ太郎
ハチ公
ハチ公

レンガ造りの建物ですね!

広島市内を走る公共交通機関に「広島電鉄」があります。
玄関口である「広島駅」、厳島神社で知られる宮島へ行くための「広電宮島口」、各地へ渡れるフェリーが出発する「広島港」と縦横無尽に走ります。

そんな広電の本社ビルは「広電本社前駅」にあります。
この本社ビルに隣接して「千田車庫」があり、広電最古の千田車庫内には被爆建物が残されています。

千田車庫に残る被爆建物は旧資材倉庫と変電所に使用されていた建物です。
現在、資材倉庫は事務所になっていますが、変電所は現役で使用されています。

原子爆弾「リトルボーイ」が投下された時、この付近は中心地から約1.9㎞ほどあり、室内に焼失が見られたが倒壊には至らなかった。
レンガ壁は「イギリス積み」で出来ています。

資材倉庫(左)と変電所(右)

1945(昭和20)年8月6日、人類史上最初の原爆投下により、一瞬にして木造の本社屋は半壊し、修理工場や車庫では多くの職員が倒壊した建物の下敷きになって押しつぶされました。
ラッシュアワーで混雑する乗客を乗せて走っていた電車やバスの中でも、多数の犠牲者が出ました。
このように交通機関も壊滅的な状態でしたが、関係者の懸命な努力により、その3日後には早くも西天満町~己斐間の電車の運行が再開されました。
動き始めた電車の姿は、うちひしがれた市民の気持を大いに力づけました。

原爆被災説明板より引用
本社ビル側から見る
発電に使用するボイラー室として建設されるが後に資材倉庫となり、現在は事務所として使用される。
発電機室として建設されるが、現在は変電所棟として使用される。崩壊した部分のレンガ壁はRC壁となっている。

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ポチ太郎

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戦跡と旅行と黒柴が好きな管理人です。
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