第502特設警備工兵隊出撃之地
名称 | 第502特設警備工兵隊出撃之地 | |||
住所 | 〒905-0505 沖縄県国頭郡伊江村西江上1955 |
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解説 | 伊江島の北部にある石碑とガマ。 特設警備工兵隊は空襲等により破壊された飛行場や施設の復旧が主任務で、世界での日本軍の戦地で活動していた。 |
難度 | ||
B (分かりにくい) |

今日は沖縄県の伊江島にある「第502特設警備工兵隊出撃之地」だべ

ポチ太郎

ハチ公
石碑の後ろに小さいガマがあります!
伊江島北西部、米軍基地手前の道脇に「第502特設警備工兵隊出撃之地」があります。
1945年4月16日の夕方、この場所から第502特設警備工兵隊800名が最後の突撃を行ったと石碑に刻まれています。
特設警備隊には「特設警備大隊」「特設警備中隊」「特設警備工兵隊」に分けられ、前述2つは沿岸警備を任務とし、特設警備工兵隊は破壊された飛行場や施設を修復すること等が主任務でしたが、それだけでなく輸送・警備・戦闘に至るまで各種の任務をこなしました。
彼らに渡された武器は機関銃・小銃・擲弾筒・手榴弾・竹槍でしたが、数量は十分とは程遠いものでした。
そして隊を構成していた殆どの人は、防衛召集によって現地招集した人達により構成されていました。
第502特設警備工兵隊出撃之地


碑の裏側には次の文が刻まれています。
第502特設警備工兵隊ハ
隊長宜保豊猛中尉以800名
1945年4月16日夕刻敵ヲ
残滅セント乾坤一擲(ケンコンイッテキ)出撃ス1995年4月16日 生存者会建立
「乾坤一擲」は「一か八か」といった運に任せるという意味です。
碑の裏の壕

碑の裏には10~20名程が入れそうなガマがあります。
現在は砂や土が流れ込んでいますが、当時はもっと広いガマだったのかもしれません。






奥に開いた壕口

