フルスト原遺跡の海軍壕
名称 | フルスト原遺跡の海軍壕 | |||
住所 | 〒907-0001 沖縄県石垣市大浜 |
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解説 | 石垣島の大浜にあるフルスト原遺跡の東側崖下に残る直線の壕。 旧日本海軍による構築で弾薬庫に使用されたとされる。 壕は8本あるが、ほとんどが樹木に覆われている。 |
難度 | ||
A |
沖縄県の石垣島に大浜という地区があり、そこに「フルスト原遺跡」という遺跡があります。
15世紀頃、この周辺は遠弥計赤蜂(オヤケアカハチ)という人物が根城としていました。
現在でも残る琉球石灰岩を使用した城壁や土台などの遺構、古くにつくられた磁器の破片なども発見されており、国の史跡にも指定されています。
現在でこそ整備されている「フルスト原遺跡」ですが、第二次世界大戦中には旧石垣空港となった「平得飛行場」の建設の際に遺跡の琉球石灰岩を切り出して使用したり、戦後は農地として使用されていました。
「平得飛行場」は旧日本海軍の飛行場で、石垣島には「平得飛行場」と「平喜名飛行場」を海軍が、「白保飛行場」を陸軍が建設しました。
戦後、「平得飛行場」は旧石垣空港として使用されることになりましたが、滑走路の長さが時代にそぐわなくなり、現在は「新石垣空港」に移転されています。
「新石垣空港」は白保地区近くにありますが、こちらは開発の末につくられた空港なので陸軍の飛行場跡地ではありません。
✅フルスト原遺跡旧入口
フルスト原遺跡の東側崖下に旧日本海軍が使用した壕が残っています。
8本の直線形状の壕が残っているようだが、ほとんどが草木に覆われており、今回は旧フルスト原遺跡入口横にある壕のみ紹介します。
ちなみに、この入口からフルスト原遺跡までは樹木が繁茂してアクセス困難なので、フルスト原遺跡へは現在整備されている入口から行きましょう。
✅壕口
資料によれば、この壕は海軍の平得飛行場に関連して弾薬庫として使用されたとのことです。
全8つの壕は25mから30mの同一の間隔で掘られ、内部の形状も奥行30mほどで均一に構築されている。
✅壕内
さすがに最奥までは光は届きません。
✅壕内から外を撮影
壕の中央付近に瓦礫を積んだ石積があります。
爆風避けでしょうか?
✅石積
石積は腰丈より少し低いくらいです。
✅石積から奥を撮影
最奥までは特に支線や小部屋などもありません。
壁面は手掘りらしい痕跡が見れますが、一部で石灰が溶けだして乳白色の鍾乳石のようなものが出来ています。