黒しばわんこの戦跡ガイド

糸満市眞栄里にある「歩兵第32聯隊終焉之地」と「田原屋取の壕」

calendar

名称 田原屋取の壕,ウフ壕
住所 〒901-0362
沖縄県糸満市字真栄里
(Googlemap:26.115385, 127.685576)
解説 歩兵第32連隊の入った壕。終焉之地碑と道を挟んで向かい側にある。鉄柵があり入れない。 難度
A (行きやすい)

ポチ太郎
白梅の塔から坂を少し登ると「ウフ壕」があるべ

ハチ公
山形の塔の入り口にあるガマですね!

白梅の塔前の坂を2分ほど登ると山形の塔田原屋取の壕(ウフ壕)に到着します。
真栄里住民の避難に使用されていましたが、後に南部撤退してきた歩兵第32連隊に接収されました。

現在では壕入り口にはフェンスにて入れないようになっています。
また、管理者も沖縄県ではなく山形県になっています。

✅田原屋取の壕(ウフ壕)

轟の壕と同じようなドリーネの底に壕があるようです。結構深くまで階段が続いています。

✅田原屋取の壕(ウフ壕)

歩兵第32連隊は1896年~1945年に秋田で始まった陸軍の連隊で、シベリア出兵や満州に駐屯するなどの経歴があります。
1944年7月18日所属していた第24師団第32軍隷下となったことで沖縄にやってきました。
文字に表すと『大日本帝国陸軍 第32軍 第24師団 歩兵第32連隊
第24師団は山形・秋田・北海道などの東北の人が多く、沖縄赴任の際の足りない人員は沖縄現地にて補充されました。

この第24師団は部隊を表す暗号(通称号)として「」という言葉が当てられていた為、通称’’山部隊’’と呼ばれていました。
他に第32軍隷下にあった第28師団の「」や第62師団の「」という通称号があり、同じ32軍隷下であったこれらの師団は沖縄で一緒に戦いました。

✅山形の塔

沖縄県や諸外国で亡くなった山形出身の方を祀っています。塔には山形県産の石材が使用され、管理は公益法人に委託されているものの、山形県が管理しています。

✅歩兵第32連隊終焉の地碑

壕と道を挟んで向かいにあります。歩兵第32連隊の最後の場所となり、国旗が奉焼されました。

この記事をシェアする

コメント

down コメントを残す




ポチ太郎

ポチ太郎

戦跡と旅行と黒柴が好きな管理人です。
2020年4月から月・水・金の更新を目指します。 [詳細]