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大東亜戦争記念之章

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大東亜戦争記念之章

今日は大東亜戦争記念之章」だべ
ポチ太郎
ポチ太郎

ハチ公
ハチ公
「大東亜戦争従軍記章」に似てますね!

✅大東亜戦争記念之章

この「大東亜戦争記念之章」は終戦後の1980年に「日本郷友連盟」により作られたべ
ポチ太郎
ポチ太郎

ハチ公
ハチ公
戦後に作られた従軍記章ってことですか?

いや、これは終戦35年を記念して作られた物だから従軍記章ではないんだべ
ポチ太郎
ポチ太郎

ハチ公
ハチ公
記念品ってわけですね!
「日本郷友連盟」はどういう団体なんですか?

終戦後、各地で作られた日本軍関係者による戦友団体が起源で、現在は主に自衛隊の元幹部により構成されているようだ
ポチ太郎
ポチ太郎

ハチ公
ハチ公
同窓会みたいなものですかね!

✅大東亜戦争従軍記章

✅大東亜戦争記念之章

大東亜戦争に参加した者に配れる予定であった「大東亜戦争従軍記章」「大東亜戦争記念之章」はパッと見、同じような物にみえます。

「従軍記章」は戦争に従軍することで授与される物で、その範囲は前線の兵のみならず、後方支援や従軍看護婦などの一般人も対象でした。
また、本人が亡くなっている場合は親族に渡されていました。

「大東亜戦争従軍記章」もそれ以前に発行された従軍記章と同様に従軍した者に渡されるはずでしたが、戦争による物資の不足により生産が停滞、使用する筈だった「銅」も「錫(スズ)」に変更され、今までの従軍記章に比べ簡略化して、 約1万個が生産されましたがGHQにより全て廃棄されました。
金型が残っていたので戦後に贋作が出回り、オークションなどで手に入れることができます。

従軍記章の歴史やパーツの名前についてはこちら

 

✅大東亜戦争従軍記章と記念之章の違い

二つの違いを見てみると、飾版の部分に刻まれている文字がそれぞれ「従軍記章」「記念之章」となっています。
それを見れば、「従軍記章」か「記念之章」なのかが判別できます。

次に、メダルの部分の縁の模様です。
従軍記章は縁の部分に「桜」が描かれています。
日本軍は「桜」を兵器の名前や軍歌に取り入れたり、勲章のデザインによく使用していました。
一方、「記念之章」の縁の部分は「星」「錨」のマークが交互に描かれています。
星は陸軍、錨は海軍のマークです。

最後に、従軍記章は中央の菊に対して太刀が交差して添えられていますが、記念之章は太刀ではない何かが交差して添えられています。

 

✅綬・飾版

綬の色は中央の桜色以外は従軍記章と同様に見えます。
飾版には旧字で右から左に「記念之章」と記載され、ここにも星と錨のマークが添えられています。

✅紐

「綬」と「章」を繋ぐ部分が「紐」という部分です。
大東亜戦争従軍記章以前の従軍記章は、紐と章の部分は別部品として作られていましたが、大東亜戦争従軍記章は紐と章が一つとなって簡略化されています。
紐の部分にある丸い物は勾玉です。

✅章

前述したように、従軍記章と記念之章の「章」のデザインは少し異なっています。
次に裏面を見ていきましょう。

✅大東亜戦争従軍記章の章(裏)

✅大東亜戦争記念之章の章(裏)

裏面のデザインの違いは一目瞭然です。
「大東亜戦争従軍記章」は、盾の模様をバックに「大東亜戦争」と刻まれたシンプルな物です。
一方、「大東亜戦争記念之章」では、日本や東南アジアを中心とした地図が描かれ、下部には「昭和16年12月8日-昭和20年8月15日」と書かれています。

昭和16(1941)年12月8日は何の日かというと、日本時間12月8日未明に真珠湾攻撃に向けて海軍機動部隊が発進してオアフ島のアメリカ軍海軍基地を攻撃しました。
昭和20(1945)年8月15日はいわゆる「終戦の日」と呼ばれています。

✅略章

記念之章には略章も付いています。
ピンバッジと同じように付けられるものです。

✅共箱

✅関連書籍

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ポチ太郎

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戦跡と旅行と黒柴が好きな管理人です。
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