黒しばわんこの気まま人生

「ひめゆりの塔」と「散華の碑」

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✅沖縄陸軍病院第三外科壕跡

沖縄県立第一高等女学校・沖縄模範学校女子部は看護要員「ひめゆり学徒隊」として動員されました。そして戦場にて亡くなった「ひめゆり学徒隊」への慰霊塔が「ひめゆりの塔」、その前にあいている穴が「縄陸軍病院第三外科壕跡」です。この壕にはひめゆり学徒を含む病院関係者や住人などおよそ100名がいましたが、米軍のガス弾攻撃を受けて80人余りが亡くなられたとのことです。「ひめゆり平和祈念資料館」には、ひめゆり学徒隊の犠牲者の遺品や、伊原第三外科壕が実物大で再現されていてより深く見て考えることができます。

✅看護要因として動員された女の子たち

1945年の戦争末期、沖縄師範学校女子部と沖縄県立第一高等女学校の女子生徒と職員は南風原町にある沖縄陸軍病院に看護要員として動員されました。その後、戦闘の激化によって傷病者の数が増えたため、糸数などに分室を作り女学生達もそれぞれ分散配置されます。陸軍の南部撤退を契機に激しい砲撃にさらされるようになってから、陸軍病院自体が傷病者を処理しきれず病院としての機能が無くなってくると、回復の見込みのない負傷兵と学徒を置き去りにし日本軍は壕を放棄していきます。

「ひめゆり学徒隊」の女学生らは第三外科壕まで避難してきますが、その頃には学徒隊の解散を命じられます。しかし壕の外は銃弾の飛び交う激戦地のために、とても外に出ることできませんでした。その後、アメリカ軍から黄燐手榴弾などの襲撃を受けて、第三外科壕内の避難民も含めてひめゆり学徒隊の多くが亡くなりました。

ひめゆりの塔の情報

ひめゆりの塔は無料
ひめゆり平和祈念資料館:大人:310円/高校生:210円/小・中学生:110円
9:00~17:30(入館は17時まで)




✅ひめゆり学徒隊散華之碑

「ひめゆりの塔」より南、沖縄本島の最南端となる荒崎海岸には「ひめゆり学徒隊散華之碑」があります。

軍からの解散命令が出た後、ひめゆり部隊の12名と引率教員は第三外科壕からなんとか逃げてきます。しかし、米兵の攻撃を受けたのち、教員の持っていた手榴弾で自決していきます。



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自己紹介

ポチ太郎

ポチ太郎

アラサー独り身旅好き男。 仕事のストレスは趣味のダイビング・スノボー・サバゲー・一人旅で発散しています! [詳細]