黒しばわんこの戦跡ガイド

浦添市仲間に残る「ハクソーリッジ」と「ニードルロック」

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ハクソーリッジとニードルロック

名称 ニードルロック
住所 沖縄県浦添市仲間
解説 前田高地東端にある琉球石灰岩の大岩。
岩の高さ約13m、岩の頂点の標高は約148m。
浦添城を拠城としていた英祖王が、子であるイソロジーを祀った場所と考えられ、周辺の前田地区の人々の拝所となっている。
沖縄戦時には、米軍側からは「ニードル・ロック」と表現され、この地で激戦が繰り広げられた。
難度
B

今回は山口県周南市大津島にあった「ハクソーリッジ」&「ニードルロック」だべ

ポチ太郎
ポチ太郎
ハチ公
ハチ公

丘の上に立つ大岩ですね!

浦添城跡付近から東側の丘陵地帯は、沖縄戦時には「前田高地」と呼ばれて激戦の地となりました。
前田高地は、高低差のある鋭く切り立った崖となっており、その様子から米軍兵からは「ハクソー・リッジ(挽鋸・崖)」と呼ばれました。
日本軍は丘陵全体に反斜面陣地を構築、敵がいる場所の反対斜面に陣地壕を構築して、兵力・物量に圧倒的な差がある米軍相手に善戦しました。

また丘陵東側の丘の上に、ひとつの大岩があります。
この大岩は浦添市内でも最も高い場所で、大岩の頂点の標高は約148mもあります。
この岩はワカリジー(為朝岩)と呼ばれる大岩で、米軍側には「ニードル・ロック」と呼ばれました。

1945年4月1日、米軍は沖縄本島中部読谷・北谷から上陸してきます。
上陸後、賀谷支隊による遅滞戦闘、161.8高地陣地、我如古、嘉数などの浦添や宜野湾の各地で戦闘が繰り広げられ、牧港・城間・伊祖と攻め立て南進する米軍と「嘉数高地」などの第1防衛線から後退した日本軍の部隊が、米軍を迎え撃つべく現在の浦添大公園である仲間・前田・伊祖へ配備されました。
仲間・前田の南側に位置する首里司令部を守る為の最後の砦、それが前田高地でした。

浦添ようどれ
高地からの眺め


圧倒的な物量・兵力を誇る米軍との戦闘を持久戦に持ち込む為、高地全体に陣地壕を張り巡らせて「反斜面陣地」という陣地を構築します。
敵がいる場所の反対斜面に陣地を構築する反斜面陣地は、自陣からは敵が見えなくなりますが敵側の重火器は丘の斜面が遮ってくれて、丘を登ってきた敵兵や陣地壕の守備範囲に入った敵をハチの巣にしました。

日本の戦力は中部地域に配備されていた第62師団でした。
しかし、この第62師団は米軍上陸からここまで戦い抜いてきた部隊で、激しく消耗しています。
その援護のために第24師団歩兵第32連隊第2大隊(志村隊)が訪れています。

ニードルロック
墓地から見たニードルロック

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