田頭のシーサー
今回は沖縄県豊見城市田頭に残る「田頭のシーサー」だべ
集落内に2体のシーサーがあります!!
観光地「瀬長島」へ向かう瀬長交差点近くに「田頭」という集落があります。
沖縄県の主要幹線道路である国道331号線にも、1分もせずに出られる田頭集落内に2体のシーサーが建っています。
このシーサー(石獅子像)は、字田頭に設置された2体のうちの一つで、集落の西端に位置し、西の彼方からやってくるあらゆる災厄から集落を護るために置かれているのだという。
案内看板より引用
もう1体は、ここから北東向け200mほど離れた集落内の住宅脇に置かれ、シジ(霊力)高い場所だという字与根の数珠森に向けられている。
2体とも頭部のみの簡素な造りのシーサーで、伝承によれば200~300年前に造られたものと伝えられ、古くから集落の護り神として大切にされてきた。
実際にこのシーサーには、沖縄戦で戦車に危うく攻撃されそうになった状況から人々を救ったという逸話が残されている。
1945年(昭和20)6月中旬、瀬長島方面からアメリカ軍が集落内へ侵攻してきた。そのとき田頭の人々の多くがシーサー像の後方に連なる丘陵地の避難壕の中で息を潜め隠れていた。そこへ一両の戦車が進路を向け進んできた。しかし戦車は途中にあったこのシーサー像に車体の底を乗り上げてしまい立ち往生、何度か踏み越えようとするがその度に阻まれ、前進できなくなった戦車はやむなく向きを変え、人々は難を逃れたという。
田頭のシーサーは、地域で大切にされてきた民俗文化財として紹介されることはもちろん、進撃する戦車から人々を護った沖縄戦の生き証人として、現在でも広く語り継がれている。
田頭のシーサー(A)は、わりと大通り沿いにあり分かりやすいです。
田頭のシーサー(B)は細い道に少し入った所にあります。
シーサーの損傷を見てみると、Bの方が損傷が激しいので戦車が乗り上げたのはBなのではないかと思います。