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宜野湾市我如古に残る「我如古の陣地壕」

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我如古の陣地壕

名称 我如古の陣地壕
住所 沖縄県宜野湾市嘉数
解説 比屋良川沿いに残っている陣地壕跡。
正確な使用者は分かっていないが、内部から歩兵砲の弾が発見されていることから第62師団隷下の「独立歩兵第12大隊」や「独立歩兵第14大隊」と思われる。
難度
A

今回は沖縄県宜野湾市我如古にある「我如古の陣地壕」だべ

ポチ太郎
ポチ太郎
ハチ公
ハチ公

Hな形の壕ですね♡

沖縄県宜野湾市に「我如古」という地域があります。
この我如古は、沖縄戦時には首里を防衛するための複郭陣地の一つとして戦場となりました。
我如古の西側には激戦地として知られる「嘉数高地」、東側には「南上原」「棚原」、南側には「西原」やこちらも激戦地として知られる「前田高地」が位置しています。

我如古の陣地壕は比屋良川が流れる谷の中に放置されています。
3つの壕口を確認しましたが、元々はそれぞれの壕は繋がれており、もっと多くの構築壕が存在していたようです。
2000年代に入ってから陣地壕の内部が調査され、手榴弾や速射砲(戦車砲)の砲弾など多数が壕内で発掘されています。

我如古の陣地壕
比屋良川
入口

残されている壕の一つはHの字のような構造をしています。
2ヵ所の入口が開口しており、それぞれに「入口」「出口」と壁面に彫り込まれています。

彫り込まれた「入口」
彫り込まれた「出口」
他にも文字らしき物がいくつも彫られています

この壕の構築者はハッキリしないようですが小禄に展開していた「独立迫撃第9中隊」の一部がここに移動して構築した可能性があるようです。
また、実戦闘ではこの周辺には第62師団独立歩兵第12大隊・14大隊が布陣していたので、この壕を使用した可能性があります。
我如古での戦闘は1945年4月6日頃から24日頃まで続きましたが、米軍の火力におされて南にある西原地区まで後退していきました。

内部より壕口を見る

この壕はHの字型の形状をしています。
壕内の高さも2m程はあり、立って歩くのに十分な高さを擁しています。

大規模な崩落はありませんが、壕の奥は崩落しており進むことが出来ません。

最奥の崩落場所
遺品

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ポチ太郎

ポチ太郎

戦跡と旅行と黒柴が好きな管理人です。
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