黒しばわんこの戦跡ガイド

’’坊っちゃん’’があふれる街「愛媛県松山市」

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ポチ太郎
愛媛県松山市は夏目漱石の小説’’坊っちゃん’’の舞台になっているべ

ハチ公
夏目漱石は実際に愛媛県松山市で教師をしていました!!

幼い頃から無鉄砲で、家族からも厄介者として扱われた主人公’’坊っちゃん’’が、新任の数学教師として四国の学校に赴任することからストーリーが始まります。
坊っちゃんを囲む登場人物も曲者ばかり。
様々な事件が起こる教師生活でも、自分を曲げない坊っちゃんの活劇です。

中学生くらいなら理解できるであろう内容で、私も中学時代に初めて読みました。
作者の夏目漱石は、友人の正岡子規の故郷でもある愛媛県松山市の愛媛県尋常中学校(現松山東高校)で英語教師として働いていた期間があり、坊っちゃんはその頃の生活がベースとなっているようです。
そんな松山市には、現在でも街の各所に’’坊っちゃん’’があふれています。

✅松山中学校跡

1895年、夏目漱石は英語教師として月給80円で松山中学校に赴任しました。
この教師生活が「坊っちゃん」の話の土台になっているようです。

教師生活で住居としていたのが、愚陀仏庵です。
実際に漱石の暮らした愚陀仏庵は松山空襲の際に焼失してしまい現在は碑が建っています。
その後、坂の上の雲ミュージアムに隣接する萬翠荘の裏手に愚陀佛庵が復元されていましたが、2010年の大雨により土砂崩れで倒壊してしまったそうです。

愚陀仏庵は松山藩士の上野義方の離れを間借りした2階建ての建物で、4畳半と6畳ほどの広さでした。
1895年7月頃、日清戦争に記者として従軍していた正岡子規がやってきます。
子規は帰国時に喀血してしまったので療養しに1階に居候をはじめ、’’俳諧大要’’を新聞に連載します。
漱石も子規に触発され、俳号を「愚陀仏」として俳句にのめり込んでいきます。
愚陀仏庵」という名称は、この俳号からとったとの説があります。

✅愚陀仏庵跡




ポチ太郎
「坊っちゃん」の中に登場する「住田の温泉」の元ネタは道後温泉本館といわれてるべ

✅道後温泉本館

漱石は松山での教師生活時代、道後温泉本館に頻繁に通っていたそうです。
「坊っちゃん」にて登場した道後温泉本館は、建物の風情も相まって一躍人気となった他、1994年には国の重要文化財に指定されました。

作中、温泉内を泳ぐ坊っちゃんを咎める「泳ぐべからず」の札が掛けられる話がありますが、道後温泉本館にも「坊っちゃん泳ぐべからず」と作品になぞった札が掛けられています。

✅坊っちゃんの間

漱石の若かりし頃の写真や、婦人の境子さんの写真が飾られる「坊っちゃんの間」があります。
湯上りの漱石が休んだ部屋で、入館者は見学することができます。




 

✅坊っちゃん列車

道後温泉駅には「坊っちゃん列車」が展示されています。
営業運転している坊っちゃん列車には1乗車800円で乗車することができます。

「坊っちゃん」の中では「マッチ箱のような汽車」と形容されて登場し、坊っちゃんも乗車していました。
梅津寺公園にも坊っちゃん列車が展示されています。

✅坊っちゃんカラクリ時計

道後温泉駅に建つ朱色の塔が「坊っちゃんカラクリ時計」です。
午前8時から午後10時までの間、1時間ごとにカラクリが動き出して、「坊っちゃん」に登場する人物が次々に登場します。

時間になると文字盤が回転し、坊っちゃんやマドンナなど主要人物が出迎えてくれます。

✅坊っちゃん団子

温泉に入り小腹がすいたら「坊っちゃん団子」!
道後温泉のハイカラ通りには各所で売られています。
一本の大きさもスマホよりも小さいぐらいなので、小腹を満たすにはちょうど良いサイズになっています。

「坊っちゃん」の中には「おれの這入った団子屋は遊郭の入口にあって大変うまいという評判だから温泉の帰りがけに一寸食って見た。」との一文があり、「元祖坊っちゃん団子 つぼや菓子舗」がモデルではないかといわれています。

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戦跡と旅行と黒柴が好きな管理人です。
2020年4月から月・水・金の更新を目指します。 [詳細]