ウローカー砲台跡
今日は沖縄県南城市知念久手堅にある「ウローカー砲台跡」だべ
ウローカーは斎場御嶽から浸みでた水が流れ出ている拝所です!!
国道331号線沿いにウローカーへの入り口があります。
といっても、草が茂っているので一目見ただけでは分かり辛いです。
本来、ウローカーは斎場御嶽から行くことができますが、現在は土砂崩れの影響で斎場御嶽方面から行けなくなっています。
道路側からだと20m程獣道を進むとウローカーへ行くことができます。
ウローカー砲台から直線距離で約500mの地点、現:がんじゅう駅南城近くには重砲兵第7連隊第2中隊が構築した吉岡隊陣地壕が残っています。
ウローカー
Uroka
ウローカーとは、丘陵上にある斎場御嶽から浸み込んだ雨水が、地下を伝って琉球石灰岩の岩盤下から湧き出した清らかな水で井泉です。
琉球王国時代より斎場御嶽の中に入る前に、手洗いなどの禊ぎを行った場所といわれており、当時の祭祀には欠くことのできない聖なる水として受け止められています。
ウローカーは、琉球石灰岩を整形した切石で造られており、水を溜める正方形の水槽とその前方にタイル状に石を敷き詰めた基壇から成っています。
砲台跡
太平洋戦争の際、米軍の沖縄上陸のための防衛基地として建設された中城湾臨時要塞の一翼を担うもので、重砲兵第7連隊第2小隊(通称吉岡部隊)が構築したとされ、この砲台跡には38式野砲等の火砲が設置されていたといわれています。
現在2基の砲台跡とそれをつなぐ約60mのコンクリート道路とそれに付設する小部屋が確認されています。砲台は円錐状を呈し、上部には1.6m程の砲座が造られています。
砲座周囲には4ヵ所の排水口が設けられ、左右2ヵ所に弾薬庫と想定される小室が確認されています。
コンクリートの一部には迷彩のためか黒色の顔料が塗り付けられていました。
この場所から米軍艦船に砲撃を行っていたが、反撃により砲が破壊され使用不可能になりました。